フラの歴史

ALOHA!

今日はフラの歴史について触れたいと思います。
うちのお教室では毎月1回このような歴史や文化について
シェアする機会を設けております。

生徒の復習にもなるように、ここを活用していただければと思います。

まず、ハワイには昔文字がなかったために、昔々の古いお話は
文字で記されては残っていません。
フラやメレ、オリの「伝承」というもので残されてきました。
そのために”説”という言葉を用いさせていただきますね。

フラとタヒチアンダンスってとても似ていますよね。
ある一説ではタヒチからポリネシア人がハワイへと移り住み、
フラという独自の文化が育っていったと言われています。

当時300年頃、フラは個人的なものとして
愛する人への求愛や
豊作の祈願
冠婚葬祭や娯楽のため
生活の一部として踊られていました。

そこからそれぞれの村では支配する者と支配される者があらわれ、
ダンサーにいかに統一されたフラを踊らせるかアリイ(位の高い人)の権力の誇示として
群舞で踊られるようになっていきました。

その後、1820年欧米人によりキリスト教がハワイにも入ってくることとなります。
上半身裸のフラ・カヒコ(古典フラ)を見て卑猥だということから
フラ(ハワイアン文化)禁止令が出されてしまいました。

ハワイアン文化一時衰退の時期です。
1873年には西洋人を中心とした暮らしでキリスト教徒が中心となっていました。

その後1874年〜1893年、カラーカウア王の時代に入り、
ハワイを訪れる著名な観光客をもてなす宴の場にてフラが復活することとなります。

ここで、今日本で多く踊られているアウアナ(現代フラ)が踊られるようになり、
衣装はロングドレス、パンプスに、お帽子、更にはステップにも
西洋のものが取り入れられるようになるのです。

それから1964年、メリーモナークフェスティバルが始まり、
ハワイアンルネッサンス時代と呼ばれるハワイアン文化復興活動が活発になり
カヒコも復活することとなっていきました。

ざっくりと大切な部分を切り取った【フラの歴史】でした。
いかがでしょうか。

世界中どこの国もキリスト教徒の出現で一気に変わる時期がありますが
ハワイではこうして一時フラやハワイアン文化を禁止された時代があった
ということを覚えておきたいものですね。

アウアナが踊られるようになった時代の背景を知っておくと、
また実際にフラに対する気持ちが変わってくるのではないでしょうか。

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