私が初めてクムにお会いしたとき

ALOHA!

 

クムが急遽ハワイから日本に来ることになりました。
明日からクムのレッスンを受けるために都内と横浜に缶詰なのです。
たすけてーーーー。
ハーラウの中で私はまだ若手。そして覚えも悪い。
無理もあまりしない。笑
まあマイペースに自分でコントロールしてやっているのです。
周りはどんどん進んで行きます。
若いからと期待されたのも最初だけ。
難しすぎるんですもん!!
だから、私はゆっくり、行くのです。

新しい環境に行けば最初はみんな大変。
覚えること、山ほどありますから。
50代の方ができても私ができないこと、たくさんあります。
マジですごいなあ、、、と皆さんを尊敬するのです。

結局はね。辞めたら終わりなんです。
つないでいるのは、そこにいるということ。
ただそれだけ。
私はできなくても、そこにいる。と決めたのです。

死ぬまでこのフラを続けると決めたのだから。
あとは自分のペースでひとつひとつクリアして行くのみ。
いろんな連絡をフラシスターととっていたら、
私がThe Ladies of Ke’ala ‘O Ka Lauae
に入った頃のみんなとの関係と、今の関係の違いにジーンと
あったかい気持ちになったので、ちょっと振り返ってみることにします。

私が初めてクムに会ったのは横浜駅ででした。
英語が不慣れな私は手紙を書いて、辞書を持って、
一生懸命クムに話しかけました。
ええ、忘れもしない、ラーメン屋で。クムに餃子をもらいながら。笑

私の今までの経緯。
私の想い。
そして野望。

私は既にお教室を持っていました。
そうすると生徒としてハーラウに迎え入れてくださるクムはなかなかいなくて。そして私は生徒のためにも自分のためにも、きちんと伝統があるクムにつきたかった。そりゃあ大変です。私はこれまでも何人かのクムフラをアタックしてきました。何度難しいことをしているのかと思い知ったことか。

ワークショップならばどんなクムフラも受け入れてくれるが。
ハーラウに入るとなると。とても難しかった。でも私は諦められなかったのです。

さてさて。
早速私は涙目。
すぐ感動しちゃうんだな。

ラーメン屋の後はパン屋さんのカフェに移動して、
ここでもクロワッサンをお裾分けされました。

そんなに、食べれないよ、クム〜

わたしのココロの声だ。笑

そのあと、「●時からレッスンがあるから来なさい。」

向かった先にいたのは現在もフラシスターとして尊敬するYさんでした。
Yさんは先生としてハーラウをまとめ、ちょうどクムのレッスンだったらしい。
そのときのYさんの迎え入れてくれた笑顔と対応と居方と。
すんごく、やわらかく、すんなり受け入れてくれたのでした。

なんて、なんていい人なんだ。。

私は今まで強いおばちゃん先生しか見てこなかったぞ。
こんな素敵な人がいるハーラウなのか。

そんな想いであったかいYさんに感謝しっぱなしでした。

そしてそのクラスが終わった後はいよいよThe Ladies of Ke’ala ‘O Ka Lauaeの練習。見て行きなさいと言われ、やってみなさいと言われ、
私は早速テンパり、背中を痛めた。
ガーーン...
次の日の練習には行けなかった。
すぐに群馬に帰って病院に行った。

というオチ。

難しいし、厳しいし、シャレにならない。
だからかみんな脱落していくという。
私もひるんで辞めて行くだろうと思われていたらしい。
できないけど、そんなんで諦めるわけがない。
私ができるフラを踊るんじゃなくて、
私がやりたいと思うフラを踊るんだ。
私はこの、ケガをしてしまいそうになるくらいのカヒコ(古典フラ)を望んでいたのです!

とにもかくにも、ここのハーラウの人たちはなんていい人ばかりなんだ!ギラギラ強くなく、穏やか。そんな印象。
ハワイの自然そのまんま。そんな雰囲気。

まさに、まさに求めていたハーラウ。

もちろん今までの自分の生徒にも迷惑をかけたし、
自己投資額も大きい。
代償となるものはたくさんあった。
でも自分の目を信じたいし、感覚を信じたい、という想いが勝る。
だってずっとずっと追い求めて来た場所だったから。
私は本物がやりたい。魂がゆさぶられるものがやりたい。
ずっとそこにこだわってきた。

私は30歳前半にして
覚えは悪いけど、
のんびりマイペースだけど、
私は一生ついていく。たとえひとりになっても。
ただ、その想いは消えないのです。

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